[色紙 滝]福本積応筆 瀧画賛色紙 直下三千丈 タトウ入

瀧直下三千丈(たきちょっかさんぜんじょう)
巨大な瀧が勢いよく真下に流れ落ちる距離は三千尺もある。
それはひょっとしたら天の川が高い天空から落ちてきたのではあるまいかと云う意。
福本積応略歴
昭和5年 京都市に生まれる。
昭和15年 大徳寺山内 養徳院 完應和尚に得度。
昭和34年 丹波、招春寺住職。
昭和58年 宝林寺第17世住職を命ぜられる。
宝林寺に来たりて方丈その他甚だしく老朽しているのを見て悲しむと同時に再建への悲願を発する。
平成元年 宝林寺本堂・庫裡・山門新築。
平成2年 宝林寺住職を拝命。
平成16年 宝林寺を後任住職に譲。同年、再度招春寺住職拝命。
大徳寺派/招春寺由来
招春寺は山号を龍門山という、應永年間(1394)天心宗鑑禅師の創建である。
元文五年庚申年園部藩寺社奉行編寺社類集にも天心宗鑑禅師應永八年寂と記されている。
その後、慶安元年(1648)頃、陽渓永春和尚が再興し、当山中興開山となっている。
又四世文巌宗廣和尚が宝永元年(1704)陽岑宗(大徳寺二六四世)玉林六世を奉じて雲峰寺を創したが、明治初期廃寺となる。
現在、当寺には雲峰寺本尊阿弥陀如来座像が合祀されている。
宝暦6年(1757)には祝融の厄に遭い灰儘と帰す。当時の担越小林九右衛門吉寛翁私財を投じて再建す。しかし昭和18年門前より出火。再び類焼の厄に遭遇し今は往時を偲ぶ何物もない。
当寺は大徳寺山内玉林院の末寺である。
玉林院は月琴宗印(大徳寺142世)が開祖であり、総見院の開祖、古渓宗陳(大徳寺117世)に嗣法している。
古渓宗陳は千利休、古田織部、今井宗久らの参禅の師であるとともに、又大徳寺にとつても重要な役割を果たした人である。
このような法系をさかのぼれば、古渓宗陳、陽渓永春、文巌宗廣、陽琴宗瞬と法の流れは綿々と今日まで茶道と共に続いている。
現在、玉林院には茶室、霞床席と蓑庵とがあり、ともに重要文化財に指定されている。
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